150年の歴史をたどって
弘前の秋を歩いていると、岩木山を背景に、赤く色づいたりんごが見えてきます。
春には白い花を咲かせ、夏には小さな実をつけ、秋にはたわわな赤い実になる。
いまでは「弘前と言えばりんご」と思うほど身近な存在ですが、実はこの風景が生まれてから、まだ150年ほどしか経っていません。
2025年、青森りんごは植栽150周年を迎えました。
今回は、私たちが何気なく見ているりんご畑が、どのようにして弘前の風景になっていったのか。その始まりを少しだけたどってみたいと思います。
りんごが青森県にやってきたのは、明治8年
現在、私たちが食べている西洋りんごが日本に入ってきたのは明治の初め。
明治8年には、弘前の東奥義塾に招かれていたアメリカ人宣教師ジョン・イングが、クリスマスに教え子や信者たちへのりんごをごちそうしたといわれています。
青森県には、明治8年(1875年)4月、当時の内務省官業寮から3回に分けて308本のりんごの苗木が県に届けられ、生活に困っていた旧士族や一部の篤農家に試植させました。
1877年養蚕家山野茂樹が屋敷の畑に試植したものに西洋りんご3個が初めて結実したそうです。
これが、青森りんごの始まりです。
その後も苗木が配布され、県内各地で試作が行われるが、生育が良好で根付いたのは弘前周辺などをのぞけば、むしろまれだったそうです。。
弘前で栽培を広めた、菊池楯衛
そのころ、弘前でりんご栽培の普及に力を尽くした人物がいました。
旧弘前藩士の菊池楯衛(きくち・たてえ)です。
菊池楯衛は1846年に弘前で生まれ、北海道開拓使などでりんごの栽培技術を学びました。
そして、国から配布された苗木を旧士族や農家などに分け、試作をすすめました。さらに、自ら接ぎ木によって苗木を増やし、栽培技術の普及にも努めたとされています。
弘前市では、こうした功績から菊池楯衛を「青森りんごの開祖」と紹介しています。
明治になり、それまでの暮らしが大きく変わった旧士族たちにとって、りんご栽培は新しい仕事の一つでもありました。
刀を置き、新しい時代を生きていかなければならなかった人たちが、まだ誰も育て方をよく知らない果樹と向き合いながら、位置から栽培を覚えていったのです。
最初から、順調だったわけではありません
りんご栽培が広がる一方で、苦労も続きました。
明治20年代から栽培が本格化しましたが、当時は病害虫への対策も十分ではありませんでした。
明治30年代になると病害虫が広がり、廃園になるりんご園も相次いだといいます。
そこで、栽培する人たちは、どうすれば木を守り、実を育てられるのかを試行錯誤しました。
その中で、病害虫から実を守る袋かけなど、新しい技術も生まれてきます。
のちに「りんごの神様」と呼ばれる外崎嘉七(とのさき・かしち)もその一人です。
外崎嘉七は1859年生まれ。明治20年頃からりんご栽培に取り組み、菊池楯衛から学びながら技術を磨きました。
明治38年(1905年)には、病害虫から実を守るため、自分のりんご園で袋かけを行ったことが記録されています。このほか、樹形改造や、ボルドー液散布などで、りんご危機克服の大号令者と言われています。
りんごの町になった弘前
明治24年(1891年)には、上野-青森間の鉄道が開通。
りんごを遠くへ運ぶ道も整い、青森のりんごは県外へも広がっていきました。
こうして、
苗木を植える人がいて、育て方を研究する人がいて、病害虫に悩みながら工夫する人がいて、何より、農家の人たちの学び合い、助け合いによって、りんごは進歩してきました。そして、その実を遠くの人に届ける人がいる。
一つひとつの積み重ねによって、りんごは少しずつ、この土地に根付いていきました。
今、弘前を訪れると、りんご畑はあたり前のようにそこにあります。
けれど、その風景は最初からあったものではありません。
明治の人々が新しい時代の中で苗木を植え、失敗を重ねながら育て方を学び、その知恵を次の世代へ渡してきた。
その150年の時間の先に、今の弘前の風景があります。
秋。岩木山を眺めながらりんご畑を通るとき。
目の前にある赤い実を、ただの「弘前名物」として見るのではなく、この土地で暮らしてきた人たちが、長い時間をかけて育ててきたもの。
そう思って眺めてみると、いつものりんご畑が、少し違って見えるのかもしれません。
弘前を旅するなら、名所を巡るだけでなく、岩木山を望む道や、りんご畑のそばを通る小さな道にも足を運んでみてください。季節によって、白い花、青々とした葉、赤い実と、全く違う景色に出会えます。
民泊ゆるりで過ごす時間の中でも、そんな弘前の風景を、ゆっくり感じてもらえたらうれしいなと思っています。
そして旅の帰りには、季節のりんごをひとつ手にとってみてください。そこには、明治の人々が植えた苗木から始まり、難題もの人々が育て、守り、届けてきた物語が詰まっています。
そして次は、この土地で育てられてきた、いろいろな「りんごの種類」のお話へ。
同じりんごでも、味も香りも、収穫される季節もさまざまです。弘前のりんごを知る旅は、まだまだ続きます。