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春を待つ弘前、ひなまつりに込める願いと「身代わり」の優しさ

暦の上では春とはいえ、ここ弘前ではまだ雪の白さが残る季節。

それでも、街のあちこちにお雛様を見かけるようになると、ふっと心が春の音を拾い始める気がいたします。

今回のコラムでは、女性専用の宿「ゆるり」から、弘前のひな祭りの風景と、その奥に秘められた本来の意味についてお届けします。

弘前のひな祭り、昔と今

弘前城下町としての歴史を持つこの街には、古くから大切に受け継がれてきたお雛様が数多く残っています。かつて弘前藩の津軽家ゆかりの品々には、江戸時代の様式を伝える「享保びな」など、現代のものよりも少し面長で穏やかな表情をしたお人形もあり、その佇まいには凛とした気品が漂います。

面白いのは、江戸時代のひな祭りに欠かせなかった「菱餅」のこと。

今でこそ「桃・白・緑」の三色が一般的ですが、かつての弘前城下では、「白と緑」の二色だったという記録も残っています。

雪の下から緑の芽が吹く様子を表したのでしょうか。雪国・弘前ならではの春への切実な想いが、その二色に込められていたのかもしれません。

現代では、弘前市内の歴史的な建物や商店街でお雛様を展示するイベントも行われ、時代を超えた新旧のお雛様たちが、私たちに春の訪れを告げてくれます。

ひな祭りのルーツは「身代わり」の祈り

ひな祭りの起源を辿ると、平安時代の「流し雛」に突き当たります。

当時は、紙や草で作った人形で自分の身体を撫で、穢れや災いをその人形に移して川に流していました。つまり、お雛様は、単なる観賞用ではなく、持ち主の女の子の「身代わり」となって厄を引き受けてくれる守護神のような存在だったのです。

「この子が健やかに、幸せに育ちますように」

そんな親心や周囲の祈りが、あの煌びやかなひな壇の形になりました。

現代の女性たちへ、自分を慈しむひとときを

ひな祭りは「子供のための行事」と思われがちですが、本来は、「命を慈しみ、厄を払う」という、すべての女性に通じる優しい節目です。

大人になると、誰かのために頑張る毎日が続き、自分自信のケアは後回しになりがち。けれど、お雛様が身代わりとなって守ってくれるというお話のように、時には自分自身の心をふっと緩め、労わってあげる時間も大切です。

「ゆるり」は女性専用の宿。

ここでは、日常の役割から少しだけ離れて、自分自身の「健やかさ」と「幸せ」を再確認していただきたいと願っています。

弘前の春はもうすぐそこ。

桃の節句にちなんで、少しだけ贅沢なお茶を淹れたり、桜餅を頬張ったり。

自分を大切にする「大人のひな祭り」をぜひ楽しんでみてくださいね。

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